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これって、なに? [読書]

先日、娘宛の郵便を部屋へ持って行った時、机の上に何冊かの本が載っていました。
その中の一冊が、目に入ってタイトルを読んでみた・・・
いえ、読んでみようと試みたが・・・試みたが・・・読めない。

これ、何て読むの?

って言うと、難しい感じだと思っていらっしゃる方もおいででしょう。

いえ、難しい感じじゃないんです。

でも、読めない。

だから、何の本がわからない。
なら・・・開いてみればいいじゃないかとお思いでしょうが、私、娘の部屋に入ってタンスの中を整理したり部屋を掃除したりは、平気でやるのですが、机の上のものについては、一切触らないんです。
それは、何となく机の上にあるものって、娘の秘密があるように思えて・・・・
でも、彼女は人に見られる事は全然気にしないので、たまにそんな事を話すと「えぇ〜、全然平気だよ」なんていう返事が返ってくるんですけど、実際お友達とのお手紙とか置いてあるのに、「見てもいいんですかぁ〜」と言いたくなる。

でも、本だけは気になって気になって、とうとう聞いたんです。
「机の上にある本、なんていうタイトルなの?全然読めなくて、すごく気になる。」
「12よ12よ12よら記ってなんて読むの?」
と聞くと、娘は「あれは、にょにょにょっ記って読むんだよ」というんですが、言われてみれば、「なるほど」と思いますが・・・・

そして、悩んだ本はこちら。

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この「12」の字が、「に」に読めず、不思議な文字に見え、更に不思議なタイトルで中身がわからない。

娘は、よく本を読みますが、ジャンルは色々で真面目な本は音楽関係が多く、クラシック関係や舞台建築など「あら、難しそうと思う本から、本当にくだらないというかオタク系の本まで幅広く読んでいます。

この本は、何が書かれている本かというと、一口で言えば「日記」なんです。
日記なんですが、その日の出来事を日記にしているのではなく、その日考えた事とか気づいた事?などを書いているわけです。

ある日は、フッと「安室奈美恵」という文字を横に並べると、横棒が一直線で引ける事に気付いた事が書かれています。

チラッと見せてもらうと、結構面白い。

でも、一番興味を持って読ませてもらったのが、「8がつ11ひの日記が、リカちゃんについての日記。」

リカちゃん人形って、皆さんご存知ですよね?

私も、子供の頃リカちゃん人形があり、リカちゃんの「リカちゃん電話」をかけた事があります。
娘が子供の頃、もうリカちゃん電話はなくなったのかと思っていたら、ずっと続いてあった事にビックリ。

まぁ、それはいいとして、この本の日記では、リカちゃん人形についてのニュースを見た事が書かれていて、そのニュースというが、リカちゃんの新たな家族の一員として「リカちゃんのおばあちゃん」が登場したという事。

そして、リカちゃんに関わる登場人物、家族はもちろんペットや友達等も紹介されているらしいのですが、その中で、友達の中のレンくんという子がリカちゃんのボーイフレンドとされていて、著者はこの時「あれっ?」と思ったそう。

いえいえ、著者だけでなく、読んでいた私も「あれっ?」と思いました。

確か、私の記憶の中では、リカちゃんのボーイフレントって「わたるくん」だったような・・・・

著者は、調べたようです。
すると、リカちゃんのボーイフレンドは、わたるくんの次がマサトくんで、その次がイサムくん、そしてその次がかけるくんなんです。
言われてみれば、全部聴いた事ある名前。

結局、わたるくんもマサトくんもイサムくんもかけるくんも皆んなリカちゃんに振られてしまったらしいんですね。

今、リカちゃんのボーイフレンドはレンくんということらしいです。


一体のお人形から、いろんなストーリーが出来上がっているのにとても驚きましたが、でも一番驚いたのは、子供のおもちゃのストーリーに、元カレの存在があって、且つ元カレになってしまうと存在を消されてしまうという・・・・
それがいいのか悪いのか何とも言えないですが、でもちょっとお人形遊びなのに、現実っぽくて複雑な気分になってしまった私です。


なんて、娘が図書館から借りてきた本なので、ゆっくり読むことはできませんでしたが、この本日々の中で、よく見かけたり思ったりすることを敢えてピックアップして考えて見る様な内容で、結構面白い本だと思いました。

が、やっぱり娘は変わっている人間だと実感。(笑)

でも、その娘を産んで育てたのは私・・・ということは、私も変わっているってことかぁ〜(笑)


ルリユール☆ [読書]

体調を崩し、暫しブログから離れているうちに、時は6月へと移り梅雨入りしてしまいました。
そして、一年の半分が今月で終わってしまうのですね。

このところ、なんだかとってもバタバタしていて疲れてしまい、本をじっくり読む事も出来なかったのですが、今また少しずつ本のページを進めて行く事が出来る様になって来て、ちょっと嬉しく思っています。(^_^)☆


さて、私は数年前四年間ほど図書館でボランティアをしていました。
キッカケは、子供に絵本の読み聞かせをしたかったから。
そんな時、図書館の掲示板を見ていたら「図書館ボランティア募集」の貼り紙を発見。
図書館ボランティアも色んな仕事があるんですが、「読み聞かせをしたい」という要望を言ったところ、私が連絡したボランティア団体では、読み聞かせはしていなく本の修理をしているとのことだったんですけど、ボランティアリーダーの方が何故私が読み聞かせをしたいかのを聞いてくださり、「それなら、図書館の職員さんの方たちが読み聞かせをしているので、その仲間にいれて頂く様話てあげよう」と言って、館長さんから担当の方たちに話を通してくださって、私はめでたく図書館で子供達に絵本の読み聞かせをする事になったんです。

でも、私は本の読み聞かせだけでなく、本の修理のお手伝いもさせて頂ける様お願いをしました。
みなさんは「絵本の読み聞かせだけでも大変だから、修理の事は気にしなくてもいいよ」と言ってくださったんですけど、本の修理も興味があったのでみなさんの邪魔にならない程度のお手伝いをさせていただいていました。

図書館での修理をする本て、本当に多いんですよ。
週に一度の活動で、二時間ほど作業をするんですが、二時間かかって直せる本の数は数冊。
時には、一冊も終わることなく翌週に持ち越しになってしまうこともあります。
修理をする本の状態は色々あるんですが、沢山の方に読まれのどわれ(本の綴じている所が開いてしまう状態)してしまったり、ページが破れてしまったり、子供の本ならば落書きしてしまったものなど、本当に色んな状態があるんですけど、作業をしていて驚くことがたまにあって、本の中にある挿絵・・・じゃなくて写真を切り抜いてあるのにはびっくり。
破れや剥がれなどの修理は出来ても、切り抜かれた写真はどうにも修復は出来ません。
そういう本に出会うと、とても悲しくなります。

本の修理との出会いは、本の読み聞かせでしたが、修理をしていくうちに読み聞かせで「沢山の子供達に本の面白さを知って欲しい」いう気持ちと同じ様に、修理でも「出会った本をできるだけ傷が目立たない様きれいに直して、この本を手にした人が気持ち良く読んで欲しい」という気持ちが大きくなってきて、気がつけば、いかにしてきれいに本を修復するかってことを、あれこれ工夫する様になっていました。

図書館ボランティアをするまで知らなかったんですが、本の修理の仕方って色々な技術を要するんです。
私たちが、気持ち良く本を貸して頂く裏では、本を借りにきた方が気持ち良く本を読んでいただくための努力をしてくださっている方がいるんですよね。

なんて、昔の話をしたのは、先日娘と行った本屋さんで目に止まった本が「リルユール」という本。
「リルユール」って、「造本とか製本とか修復」とかっていう意味らしいんです。
そのタイトルを見た時、「リルユールの職人の話って面白そう」って思っていたら、いつ来たのか娘が「その本、気になっていたんだよねぇ〜」というんです。
だから「買うの?」って聞いたら、「絶対、ママが買うと思って。」なんていうんです。
つまりママに買ってと言いたかった様です。
なんとちゃっかり者なのかと思いつつ、やっぱり私も読みたいので買ってしまいました。

でもね・・・・
私が買ったのだけれど、読む時間がなくて娘に「先に読んでいいわよ。」と言ったところ、嬉しそうに本をもって行きました。

そして、数日後・・・・
「ルリユール」の本を手にして「ママ、絶対ママのお気に入りの本だよ!」というので、「何で?」って聞くと、「だって、そもそもルリユール自体ママがやっていた事だし、動物も出て来て、食べ物の話もあるんだよ・・・それに、なんと言ってもママの好きな魔法とか魔法使いとかが出て来るんだよぉ〜」と言ってニヤリと笑う娘。

そうそう。
私は、魔法とか魔法使いが大好き。
そんなママに育てられた娘も、魔法とか魔法使いが大好き・・・・だった。
小さい頃はね。
今は、どうなのかはわからないけれど。


さて、「ルリユール」のお話ですが・・・・

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亡くなった叔母さんの新盆の為、家族で田舎のおばあちゃんの所へいく事になっていたが、なかなか家族の予定が合わず、一足先におばあちゃんの所へ出かけた瑠璃。
何とか一人でおばあちゃんの所へ行くと、おばあちゃんは家の階段を踏み外し病院へ運ばれていた。
おばあちゃんが入院中、一人でおばあちゃんの家で過ごす事になった瑠璃は、犬の次郎さんとお散歩へ行き、そこで不思議な家を見つける。
そこには、ルリユール職人の魔女が住んでいて、どんな本でもきれいに直してくれるという。
そんな噂を聞いて、色んな人が本の修理をお願いしたいとルリユール職人の住む家を訪ねようとするが、何故か見つける事ができない。
そんな不思議なルリユール職人の住む家に、何故か瑠璃は迷う事なく行く事ができる。
そして、瑠璃はそんなルリユール職人のクラウディアと知り合い、彼女の弟子にしてもらう。


「ルリユール」というタイトルがついているので、私としてはとっても楽しみにしていました。
本を修理することに、とても興味があったので、どんな感じで書かれているのかと思っていたのですが、
残念ながら、私の期待が大きすぎたのか・・・・
でも、参考資料も結構読んでいらっしゃったようだけど、そのわりには修理作業の内容が反映されていないようにも感じました。

が、本のストーリーとしては、謎解きの様なワクワクドキドキなどがあって、とても面白い本だと思います。


最後に、ちょっと話が変わってしまいますが、私は魔法使いとか魔女ってとても魅力を感じていたんです。
まぁ、昔「魔女狩り」とかって怖いこともありましたが、私の魔法使いとか魔女についての「好き」は、お話に出てくる様な存在として好きなんですが(すみません。幾つになっても幼稚な所があるんです。)、以前紹介したことがある「想い出預かります」という本のなかにも、今回の本のなかにも魔女とかが出てきます。
魔法使いとか魔女は、何でも魔法を使うことで色んなことが出来ていいなぁ〜と、だから憧れるというか好きな存在なんですが、「想い出預かります」を読んだ時、なんとなく感じつつサラッと流していたのが、今回「リルユール」の中でクラウディアの言った台詞を読んで、憧れていた魔女や魔法使いって「辛い」よねって思ったんです。


魔法使いとか魔女は、ずっと生き続けなくてはいけなくて、どんなに友達がで来ても相手はいつか目の前からいなくなる。
周りは、年を取っても自分はずっと同じままでいると周りから変に思われるから、どんなに気に入った場所でもずっと住み続ける事は出来ない。

いつも、孤独と寂しさの中で生き続けなくてはいけない苦しさがあるんだなぁ〜
なんて、思ってしまいました。

そんな、孤独と寂しさを埋めるもの・・・・それは、魔法でもなんでもなく、シンプルに想い出であったり、手紙だったり・・・・普通の人間となんら変わらないんですね。



何か、ダラダラと長くなってしまいすみません。(⌒-⌒; )







ツバキ文具店☆ [読書]

昨夜は、突然携帯から緊急を知らせるアラームが突然鳴り響き、「エッ!?」って思う間もなく、足から突き上げる様な感覚の後グラグラと揺れ出し・・・・地震です。((((;゚Д゚)))))))
文は、ママの座っていた椅子の下へ潜り込んで来ました。
昨日は、娘は仕事がお休みで、パパは帰宅が早かったので、家族全員が揃っている時に起きた地震だったので、家族の心配をせずに済みまししたが・・・・恐かった。

こんなに、地震ばかり起きて東日本の復興もまだまだ途中で、先日の熊本地震もこれから復興に向けて頑張らなくてはいけない今、東京オリンピックなんて出来るのか・・・・というか、やっていいものなのか・・・・と思うのは私だけなのかなぁ〜


さて、この所忙しくてゆっくり本を読む時間がなかったのですが、先日やっと読む時間が出来たので、今日は久しぶりにその本の話をしたいと思います。

ところで皆さんは、毎日「字」を書いてますか?

今は、会社で書類を作るにしても、誰かに連絡するにしてもPCか携帯が主流の為、ペンを持って自分の手で字を書く事って少なくなりましたよね。
それに、PCで文章打ってプリントした物はきれいですから。

だから、年賀状なども殆どがプリント。
自筆で書かれている年賀状は、なかなか見られなくなりました。
でも、それって何となく悲しいというか寂しいというか、相手を感じられないんですよね。
書類ならば、内容が読みやすければ良いので、相手を感じられる必要はないけれど、手紙は文章と書いた人の自筆からその人の気持ちが伝わってくる。
どんなに、字に自信がなくても手書きは大切な事ですよね。

私は、小学校へ入学し、文字を書き始めた頃から字を褒められてきました。
社会へ出てからも、字を褒められて居ました。
私が社会へ出た頃はまだPCは普及されていなくて、あってもワープロくらいでした。
そのせいか、大切な書類や企業宛の手紙などは、まだまだ手書きが多く、その為よく代筆を頼まれたりすることが多かったです。

後輩で、私の字が好きだと言って私の字を真似て書いていた子がいましたが、本人の私が自分の字かその後輩の字かわからないくらい、その後輩は完璧に私の書く字にそっくりな字を書く様になったんですけど、それってすごいですよね。
私は、字を褒められてきたけれど、人の字を真似ることはできなかった。
でも、私の字を真似ることができたってことは、その後輩は私なんかより字が上手なんだって思うんです。

あっ、自分が「字」を上手に書くって事、別に自慢しているわけではないんです。
今でも、知人や人に頼まれて手紙を書く事があり、私の手紙を貰った人はすごく褒めてくれるんですが、正直自分では、なんでここまで褒めてくれるのかわからないくらい、自分では上手という自覚はなく、ただ字を書く事は嫌いじゃない。
相手の方を考えて、文章を書き進める時はとっても楽しい。

そして、文字を書く道具を探すのも大好き。
「何とかは、筆を選ばず」って言葉がありますが、私は筆をバリバリ選びます。
って事は、決して私は字が上手って事ではないんですよね。(笑)

でも、素敵な筆記用具に出会うとすごく嬉しい。
素敵な筆記用具に出会うと、誰かに手紙が書きたくなる。
もし字を書く事が仕事にできたら、楽しいかもしれないなんて思ったり。



先日、新聞を見ていたパパが「あっ、ママが好きそうな本が出たよ。」と言って、見ていた新聞を私の方に差し出してくれ、見るとそこには「確かに、面白そう。」と言って、早速その本を買ってきました。
その本は・・・・



「ツバキ文具店」

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ツバキ文具店は、鎌倉に有り店主は雨宮鳩子。
通称、ポッポ。
ポッポというのは、言わずともお分かりでしょうが鳩子の鳩からポッポ。
ツバキ文具店は、ポッポのおばあさんが営んでいたお店で、ポッポはおばあちゃんの亡くなった後、この店を引き継いだのです。
ポッポは、自分のおばあさんを「先代」と呼ぶ。
ポッポは、おばあちゃんに育てられた。
おばあちゃんは、小さいころからポッポを厳しく育ててきた為、ポッポにとっておばあちゃんと呼ぶにはどこか親しめないところがあったのでしょう。
だから、おばあちゃんではなく「先代」と呼んでいたようです。

ツバキ文具店は、文房具を売る店ですが、それだけではなく「代書屋」もやっているのです。
その為、ポッポは小さいころから先代に「字」の書き方を厳しく躾けられてきたんです。
そして、先代が亡くなった後もポッポは代書屋をしている。

代書の依頼は様々。
お得意様への年賀状や暑中見舞いは当たり前ですが、その他に昔好きだった人へのラブレター、謝金依頼に対しての断り状、離婚の報告、絶縁状など。

そんな、依頼された手紙の代書を書きながら、ご近所の方々とのふれあいを交え、ポッポの成長を辿って行く。



「代書屋」って言葉、昔聞いた事がある様にも思いますが、でも実際にどんな事するのかは良く知りませんでした。
今はないと思いますが、昔は「宛名書き」のアルバイトがありましたが、代書屋もそんな感じなのかと思っていましたが、本の中の代書屋はそんな単純なものではなかったんです。

依頼の内容によって、依頼者の身になって依頼者が書く様な文字で手紙を書くんです。

文章は、何とかなるにしても文字まで依頼者に近い文字っていうのは驚き。
正直言って、本を読み始めた時「代書屋って、楽しそう。今もあるのなら、私もやってみたい。」なんて思ったんですが、読み進むにつれて・・・・「無理」って思いました。
全身全霊の代書屋は、俄ではできない仕事と思いました。
(読んでいて、先に書いた私の字を真似た後輩は、きっと代書屋になれるなぁ〜なんて思った私)

でも、それぞれの手紙を代書いる時、手紙を書く紙やペンそれとインクの色までも考えるんですけど、それは楽しそうなんですよね。

本の中で、昔の恋人へ手紙を書く時に選んだペンが、私も持っている佐々木定治郎さんが生みだした「ガラスペン」で、ガラスペンの歴史とかガラスペンの特徴、そしてガラスペンにインクが染み込んでいく時の様子や書き味から注意しなくてはいけない事など、同じガラスペンを持っていて実際に使っているものでしかわからない文章があるんですけど、読んでいてあんなに感動した事はなかったです。

その他にも、手紙の書き方の説明や薄いインクを濃くする方法とか、本当に読んでいて楽しかったです。


「代書屋」さんに興味のある方やペンや紙に興味のある方、また鎌倉が好きな方、一度読んでみてはいかがでしょう?
とっても楽しい本でした。(^_^)☆


今度、私は本の中に出てきた、伊東屋のオリジナルボールペン「ロメオNo.3」を見に行こうと思ってます。


ハートブレイク・レストラン☆ [読書]

最近は、セカンドリビングと言って、カフェなどで勉強をしたり仕事をしたりする人が増えてきました。
カフェをセカンドリビングとして使っている方は、家で勉強する場所や仕事をする場所がないというわけではなく、家より外で勉強や仕事をすると能率が上がるということで、敢えてカフェを使うらしいです。
(昔は、図書館だったと思いますが、今は飲み物を飲んだり出来る場所がいいんでしょうね。)

私が良く行くカフェでも、お店の端の方でPCを開きパタパタしている方や、教科書をテーブルいっぱいにおいて勉強をしている方が沢山います。

また、私の様に本を読むために来ている人も・・・・
あっ、よく考えたら私もカフェをセカンドリビングとして使っている一人って事?(⌒-⌒; )
嫌だ、今頃気付いた!(⌒-⌒; )

セカンドリビングなんて言って、カフェの一部を我が物顔で使っている人を見て、自分の家の方がじっくりと勉強が出来るんじゃないかと思っていたんですけど、そういう私も家で本を読めばいいんです。
だけど・・・・違うんですよ!!
家で本を読もうとすると、色んな事が気になってじっくり本を読む事が出来ない。
読みながら、都度色んな事をやっていると話がわからなくなってしまう。
なので、カフェへ・・・・
娘にも聞いてみました。
「何故、カフェで勉強するの?自分の部屋があるんだから、集中して勉強出来るでしょ?」と。
すると娘「自分の部屋には、誘惑が沢山あるからダメ。」って。
要するに、私と同じ理由なんでしょうね。
私の場合は、「家事」という仕事が気になり、娘には「本を読みたくなったり」「ベッドに横になって寝たくなる」って事らしいです。

そんな理由で、セカンドリビングが必要なんでしょう。
しかし、私の場合セカンドリビングとしてカフェを使う事に、ちょっと問題が・・・・

私の趣味と言ったら変に思われてしまいますが・・・ある意味好奇心があると言った方がいいのか・・・「人間ウォッチング」が好きなんです。
カフェで、人が多くなってくると、どうしても人の動向が気になってくるんです。(⌒-⌒; )
本を読んでいても、周りの声が耳に入ってきて、その声から今度は目がそちらに向いてしまう。
ターゲットが決まると気になって仕方ない。
なんていうと、「人の動向を見て何が楽しいか」と聞かれそうですが・・・・別に楽しい事はありません。(笑)
でも、不思議な事に必ず気になる人がいて・・・・見てしまうんです。
人の動きって、人それぞれ違いますが、無駄な動きをする人もいれば、無駄のないてきぱきした動きをする人もいる。
人との待ち合わせでも、相手が来るまで注文をせず座って待っている人。
何人来るかわからないけど、ひたすらテーブルと椅子を集めまくる人・・・・帰る時、元の形に戻さず適当にして帰ってしまう。
見ていると、感心する事もあれば・・・・日本人とは思えないくらい雑な人もいて、見てて飽きない。
会話の内容などは、聞くつもりがなくても聞こえてきてしまうのだけれど、時々「?」なんて思う事が耳に入ってくると、「それ、違う、違う」なんて思う事があって、最後まで違ったままで会話が終わってしまうと、聞いていた私は「先ほどの話なんですけど、それって違いますよ。」と言いたくなる事も。
でも、言いませんよ。
だって、盗み聞きしていたなんて思われたくないですから。
そう、盗み聞きなんてしていません。
みなさん、結構大きな声で話をされるので、聞きたくなくても聞こえてしまうのですから(笑)


と、私は人の話を聞いているといいましたが、でも、結構みなさんも人の話って耳にしてしまう事ってありますよね。
まぁ、私の耳にする話は、正直どうでも良い様な話ばかりですが、もし耳に入ってきた話がちょっと不思議だったり事件性のある話だったらどうします?


さて、今回紹介する本は、「ハートブレイク・レストラン」です。


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フリーライターの寺坂真以が、仕事をする場所として、あるファミリーレストランを選んだ。
そこは、あまりお客さんがいないので、長い時間過ごしてもあまり支障がないと感じているから。
しかし、そのファミリーレストランは、店長もウェイトレスもどこか暗く活気を感じない。
だから、客が入らないのではないかと思っていた。
そんなある日、真以が仕事をしていると、近くに座っている客の話が耳に入ってくる。
それは、とても不思議な話・・・・
フッと、目を店内の端へやると、そこにはおばあさんが一人座っていて、真以と目が会うと手招きして呼び寄せた。
それが、おばあさんと真以が出会った初めての出来事。
実は、このおばあさんは幽霊だったんです。
真以を呼び寄せたおばあさんは、真以が聞いた不思議な話の謎解きをし、いろんな問題を解決していく。

真以にとって、幽霊と出会うのは生まれて初めての事。
何故、真以に幽霊が見えたのか、その理由をファミレスの店長から聞いた真以は苦笑い。
だって、その幽霊を見れる人は「幸薄い」人だけだから。
そう言われて気がついた。
このファミレスの店長もウェトレスもどこか幸薄そうな顔をしている。
だから、このお店の人たちは、みんなそのおばあさんの存在をしていた。

そんな出会いから、真以と幽霊のおばあさんは親しくなるのだけれど、このおばあさんには秘密があり、真以としたしくなったのも、その秘密を解決したかったからなのです。

短編で、色んなミステリーな話を解決していくのですが、ミステリーといっても全然怖くなく、むしろほのぼのとする話ばかり。

本を読みながら、一緒に謎解きに参加するのも楽しいと思います。(^_^)☆



海岸通ポストカードカフェ☆ [読書]

本当に、月日の経つのは早いですね。
1ヶ月前は、お正月だったなんて信じられません。

新しい年が明け、いろんな方から年の初めのご挨拶として年賀状を頂き、一枚一枚眺めながら「あぁ〜この方は、もうお子さんがこんなに大きくなられた。」とか「この方は、相変わらずお元気そうでなにより」なんて、ご無沙汰していた方々のことを思い出す一時です。

年賀状は、書く時とっても面倒くさいと思うのですが、ご無沙汰している方から「お元気ですか?」と聞かれると「私のことを気にかけてくれているんだなぁ〜」と何か幸せな気分になるので、私も頑張って書かなくちゃと思うんです。

でも・・・・頂いた年賀状に申し訳ないのですが、時々がっかりすることがあります。
それは、すべて印刷した年賀状。
一言でも自筆で「お元気ですか?」とか「たまにお会いしたいです。」とかなんでも(社交辞令でも)良いので、何か書いて頂けるだけでも気持ちが違う。

住所も宛名もすべて印刷・・・・最近便利になったせいか、すべてプリントでササッと済ませてしまう。

とても、味気ない。
私は自分の住所と名前は印刷ですが、それ以外はすべて手書き。
時間はかかりますが、相手の方を思い浮かべながら書くことで気持ちを伝えたいと思うのです。
私のちょっとした拘り。
今は、メールがあるので、年賀状など書く方も少なくなってきていますが、一年に一度くらい「便利」ということは頭から捨てて、人間らしく紙とペンを手にして人情味溢れる葉書を書いてみるのはいかがかと思います。


でも、不思議なんですよね。
電話とかメールは便利と言って、なんでも「便利」なルーツを使うわりに、手紙をもらうと喜ぶ人が多いのも確か。
手紙を書くのは面倒だけど、貰うのは好きなんですね。
それは、合理性を求めながらも、人の温かみは欲しいってことなのかな?


私は、年賀状だけではなく、暑中お見舞いも毎年出します。
遠い方に限らず、近くに住んでいる方にでも書きます。

葉書なので、大した文章は書きませんが、受け取った方は葉書にプリントされた写真や文章の中から何か温かいものを感じると言ってくれます。

パパと結婚する時、お願いしたお仲人さんへ手紙を書いていました。
そのお仲人さんのご主人が脳梗塞で倒れ、半身不随になり10年くらい奥様が面倒を見てきました。
お子さんもいるので、そんなお母さんの姿を見ていたご家族が「たまに、気晴らしをしに出かけては」と言われるのですが、奥様は「お父さんは私以外の誰にも頼みごとが出来ず、私が帰ってくるまで我慢してしまうから」と言って、家族に任せることはせず、どこへも行かずずっとご主人のそばに付き添っていました。
そんなご主人が、一昨年亡くなり、看病疲れからか奥様も昨年(ご主人の命日の少し前)後を追うように亡くなりました。

私は、何もお手伝いはできなかったのですが、年賀状以外に毎年お手紙を二回必ずお送りしていました。
それは、どこへも出かけられない奥様に、パパや娘の話を書くことで自分達が仲人をした者達が幸せに暮らしていることを知っていただくことで、心豊かになっていただければと思ったからです。
そんな気持ちが伝わったていたのか、私の手紙をとても喜んでくださって、お礼のお電話では「いつもありがとう。本当に手に取るように状況がわかって楽しく読ませて頂いてるの。Mieさんの手紙は私にとって宝物。大切にしているの。」と言ってくださっていました。
25年間書き続けてきた手紙。
今は、お手紙を差し上げることもできなくなり、とても寂しいです。

まだまだ、お伝えしたい事があるのに、書けないっていうのも辛いものですね。


さて、前回吉野万理子さんが書かれた「想い出あずかります」という本を読み終え、この本の他に吉野万理子さんは、どんな本を書かれているのかと探してみたら、こんな本も書いていたんです。

「海岸通りポストカードカフェ」

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横浜みなとみらい近辺を舞台に、海沿いに建つ「ポストカードカフェ」は、お店の中に入ると店内中に、この店に届けられたポストカードが貼られています。
ポストカードは、このお店宛ですが、内容はこのお店へのものばかりでなく、「別れた妻へ」だったり「恩師」であったり、または「嫁いだ娘」であったり・・・・
本当は、本人へ出すべきポストカードを色々な理由があって本人へ直接出す事が出来ない・・・・勇気がない。
そんな時、この「ポストカードカフェ」へ送ります。
送った人は、決してこのお店の人に何かしてもらおうなんて気持ちはないのですが、読んで欲しい人の住所がわかる場合は、連絡をしてあげます。
連絡を受けた人は、読んでみたいと思えば、この店へ訪れ読む事が出来ますが、その葉書を持ち帰る事はできません。
何故なら、その葉書はこのお店宛の物だから。
でも、その手紙はずっとこの「ポストカードカフェ」で保管されているので、いつでも読みに来れるのです。
何歳になっても・・・・


そんな「ポストカードカフェ」へ訪れる常連の人々の人間模様をみていると、今時「手紙」という形は古典的な物に思いを寄せ、流れる時間を温めながら自分の心と向き合っている姿がとてもいいなぁと思うのです。

人と人との関わりには、時間を費やす事って大切なんですよね。

ネットとかメールとかって、簡単で早いけれど、その速さと簡単さがトラブルや事件を作り出す。
気持ちを伝える時、自分の気持ちを文字にすることで、書きながら考え書いた文字を見るというちょっとした時間がある事で、自分の気持ちや相手の気持ちを見直す事が出来ると思うんです。

今、本当に大切な物が少しずつ消えていく事が怖いですね。

自分の選んだポストカードで、自分の手で一文字一文字綴る・・・差出人の思いが沢山詰まった一枚の葉書、素敵ですよね。
大切にしたい文化です。(^_^)☆






想い出、あずかります☆ [読書]

思い出
人生を送る中で、色々な出来事が起こります。
その出来事は、時の流れと共に「思い出」というものに変わります。
一口に「思い出」と言っても、その中身は「楽しい事」であったり「嬉しい事」「悲しい事」「辛い事」「苦しい事」色々。

「楽しい事」や「嬉しい事」の思い出は、時々思い出の引き出しを開いて懐かしんだりします。
反対に「悲しい思い出」や「辛い思い出」など悪い思い出は、心の奥底に沈めて、出来るならば思い出したくない。

そういう悪い思い出って、自分の中では思い出したくなくても、時として突然心の奥底から飛び出して来て、心を痛めたりするものです。
でも、そんな悪い思い出を自分の心の中から消してしまう事が出来たら、どんなに気持ちが楽になることでしょう。
だけど、良い思い出も悪い思い出も、全てが私の人生・・・・なんですよね。


さて、話が逸れてしまうのですが、昔娘が一番なりたかった者は、「魔女」「魔法使い」でした。
何に魅力を感じたのかよくわからないのですが、3歳の時、生まれて初めてのハロウィンで「何に仮装する?」って聞いたら、娘はシンデレラでも白雪姫でもアリスでもなく、「魔法使いになりたい」と言ったんです。
パパが魔法使いのトンガリ帽子やホウキを作り、ママがマントなど衣装を作り、娘は望み通りの「魔法使い」になったのです。

その後も、ホウキに跨り空を飛びたいと言うたびに、「飛べ」の言葉で娘を空中へ飛ばす。

子供にとって、魔法使いってちょっと恐い存在でもあるけれど、その反面魔法で色々なことが出来るその存在にとても興味があり魅力があるのでしょうか?

そんな子供達が、憧れの魔法使いに会えて、魔法使いからお金を貸してくれるという話を聞いたら、ちょっと怖いけれど会ってみたくなる。
況してや、お金を貸す代わりに、自分の思い出を魔法使いに預けるだけなんて、こんなにいい話は無いのです。
私が子供の頃に、そんな魔法使いがいて、辛かったり悲しかったりした思い出を預かってくれるなら・・・ちょっと恐いけど預けに行くかもしれない。
だって、嫌な思い出が自分の中からなくなって、それだけでも嬉しいのに、その思い出がお金になるなんて、こんな美味しい話は無いのです。
でも、実際にはそんな魔法使いはいません・・・・

と、思ったらいたのです。
子供達の思い出と引き換えに、お金を貸してくれる魔法使いが。

そこは、ある海辺の岸壁の下に「おもいで質店」があります。
店主は、魔法使い。
子供達には、この「おもいで質店」が見えるけれど、大人には決してわからない。
ここでは、子供達の話す思い出を聞いて、値段をつけお金を貸してくれる。
預けた思い出は、魔法使いに預けた時点で頭の中から消え去ってしまう。
そして、20歳になるまで借りたお金を返しに行けば、預かっていた思い出は返してもらえます。
でも、20歳までにお金を返しに来なければ、一生思い出は帰りません。
何故なら「おもいで質屋」へは、20歳の誕生日を迎えると二度とこりお店へ行く事ができなくなるから。
そして、「おもいで質店」の存在も頭の中から消えてしまうのです。

子供達は、毎日誰かしらこの「おもいで質屋」へ出向き、思い出を語りお金を手にしていました。
そして、四年生になる遥斗は兄の大和に連れられて「おもいで質屋」デビュー。
彼は、ゲームのソフトが欲しくて、思い出を預けに来たのです。
預けた思い出は、彼の生まれて初めての思い出。
魔法使いが、一番高い値を付けるのは、人生の中で一番最初の思い出だと言われたから。
というように、子供達が預ける思い出は色々ありますが、とても辛い思い出を預ける女の子もいるのです。
学校でいじめにあい、そのいじめの思い出を毎日預けにくる。
彼女は、お金が欲しいわけではなく、いじめの思い出を預ける事で明日も元気に学校へ行くために。

でも、子供の中には子供の思い出を買い取る魔法使いを良く思わ無い子供もいて、ある時中学校の新聞部の部長を務める永澤里華が、新聞の記事を書くという事で、「おもいで質屋」を訪れる。

里華は、子供の思い出をお金と引き換えにする魔法使いに対して、決して良い印象を持っていなかったが、何故か魔法使いに惹かれて行く。
又、魔法使いも、彼女が店に訪れるが決して自分の思い出を売る事のない事を面白く思っていた。
そんな二人が、次第に相手の事が良くわかってくる。

そして、里華が20歳の誕生日を迎える前日。
彼女は、「おもいで質屋」を訪れる。
誕生日を迎えたら、この「おもいで質屋」の事も「魔法使い」の事も全て自分の頭の中から無くなってしまうから。

悲しいですよね。
素敵な思い出が消えてしまうって。
というより、自分の意思ではなく勝手に消されてしまうんですから。


このお話は、「思い出 あずかります」という、吉野万理子さんの本です。

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(本屋さんになかったものですから、kindieで購入してしまいましたが、表紙はこんな感じかと思います。)
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この本を知ったのは、昨年出版された「小泉今日子 書評集」という本の中で知りました。
小泉今日子さんが、毎週日曜日の読売新聞の中で図書委員を勤め10年間色んな本の書評をしてきました。
その、10年間に書いた本の書評をまとめた本です。


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小泉今日子さんの読まれた本の中には、私自身も読んだ本が数冊あったりして、同じ本を読んで小泉今日子さんはどう書評しているのか読むのも楽しかったんですけど、何よりも小泉今日子さんの文章力が素晴らしくて驚きました。
元々、ご家族が読書をされるお家で、本に恵まれた環境にあったようです。
本を読む方は、やっぱり文章力もあるんですね。
どの書評を読んでも、「読んでみたいなぁ〜」と思ってしまいましたが、その中でも「想い出あずかります」は、書評の最後にどうしても確認したくなってしまうような締めくくりをされていて、「確認しなくちゃ!!」なんて思い読んでしまいました。(笑)


「魔法使い」が出てくる話だと、子供ぽいと思われるかもしれませんが、そんな感じではありません。
世の中には、ルールが沢山あります。
それらのルールは、守らなくてはいけ無い事・・・・
でも、そのルールは時としてというか、時の流れとか状況に変化があれば、見直し変えてもよいのではないか。
でも、魔法使いは変えない。
そして、何故思い出を質種にするのか。
いつも、感情を見せず、というか見せない様にしている理由。

この本を読んでいると、それらの疑問が解き明かされ、魔法使いの本当の心が見えて来る。
果たして、里華も20歳の誕生日を迎えた時、「おもいで質屋」の記憶を無くすのか。
とても面白い本でしたので、よろしければ読んでみてください。(^_^)☆


最後に、「思い出」は良い思い出も悪い思い出も、全て自分の人生ですから、手放しちゃだめですよね。(^_^)☆









あつあつを召し上がれ☆ [読書]

先日、ニュースを観ていると「こども食堂」という言葉が耳に入ってきました。
「こども食堂」。
最近は、色んなコンセプトのお店が出来ているので、また何か子供を焦点に置いたお店がオープンしたのかと観ていると、思っていた事とは違い、もっと深い話のものでした。

今の時代は、昔と違ってみんなが豊かな生活が出来ているのかといえばそうではないんですね。
まだまだ、貧しい家の子供が多く、満足な食事の出来ていない子供が多い様なんです。
満足な食事が出来ない理由も色々あるのでしょうけれど、シングルマザーの子供で収入が少なかったり、両親が遅くまで働いている為に食事を作ってもらえず、コンビニで食べ物を買い一人で食事をしなくて、十分な栄養が摂れていない子供が多く、そんな子供たちにちゃんとした食事を提供する活動として、「子供食堂」開いているボランティアの方々がいるんだそうです。
そして、そんな活動の輪を広げていこうということで、説明会があったという事をニュースで言ってました。

人間は、食べ物を食べて命をつないで行く。
食べなかったら、私たちは生きていく事ができない。

でも、物を食べる意味は、それだけではない。
物を食べる事で、心を豊かにし、笑顔を作っていく。
そして、味を後の世に継承する役割もあるんです。
物を食べる事は、本当に大切な事で決していい加減にしてはいけない事・・・・

なんですが、こんなに物が豊富で色んな食べ物があるのに、何故かギスギスした人間が多く、トラブルだらけの世の中になっています。
心の病気の人も年々増えていってます。
どうして何でしょう?


私は、食べ物を題材にした本を読むのが好きです。
読んでいるだけでも、その作り出される料理の過程を読みながらどんな物が出来上がるのかの想像と、その作り出された料理の味やの美味しさが伝わってきたり、作ってくれた人の心が伝わって来る。
そして、気がつけば知らず知らずのうちに心が温かい気持ちになって笑顔が溢れる。
本当に、幸せを感じるんです。

「食べる」って、とっても大切。
でも、もっと大切なのは「ちゃんと」食べるって事なんですよね。

今は、自分の好きな物を好きな時に食べる事ができます。
だから、お腹がすくと自分の食べたい物を買って食べる事ができますが、本当に「ちゃんと」とした食事をしている人ってどれだけいるのでしょう。

「あなたは、ちゃんとした食事をしていますか?」
「お腹を満たすだけの食事で済ませていませんか?」

ある本に書いてありました。
「ちゃんとした食事」というのは、お腹を満たすだけの食事ではなく、三食きちんと食べて、食べる内容も栄養を考えたバランスの良い食事をいうのだと。

多分、今の方々は「ちゃんとした食事」されている人は少ないと思います。
気がむいた時に、お腹を満たすだけの物を食べる。
好きな時に、勝手に食べる食事は、家族とのコミュニケーションのない食事。
人の心を育てる事などできないんですよね。
そして、お母さんの心のこもった手料理を食べてこそ、お母さんの愛情を感じ、食べた者の心を温め豊かな気持ちを育てるんです。

段々そうゆう環境がなくなってきて、家族がバラバラになり、人の心がわからなくなる人が増えてきているのではないかと私は思っています。

だから、この「こども食堂」というシステムは、そんな今の環境を直していくのにとてもいい事なんですよね。(本当は、お母さんがいいんですけど)

この「こども食堂」で食事をしていたある女の子が、「この食堂で食べさせていただいた事で、とても救われた」と言ってました。
食べれないって事くらい辛く寂しい事はないですものね。
そして、今その女の子は、「こども食堂」でお手伝いをしたりしていました。
美味しいご飯を食べさせていただいて、そのお礼として自分のできる事をしたい。
それが、食堂でのお手伝い。
誰かが言ったわけでもなく、そういう心が芽生えるっていう事も、食べ物を食べる事で心が豊かになって優しい気持ちに繋がっていった証拠。

多分、ここで食事をした子供達は、大きくなってこの食堂で食べた温かな食事を一生忘れないですよね。

「食」って、それだけ大切なものなんですよね。


さて、随分長くなってしまいましたが、今回ご紹介する本。
それは、「あつあつを召し上がれ」といいます。

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小川糸さんが書かれた本です。

小川糸さんと聞いて、「あぁ、食堂かたつむりを書いた人ね」とすぐにわかった方もいらっしゃると思います。
「食堂かたつむり」も、食べ物に関する本ですね。
自分の食堂を持つ事を夢見て、彼と一緒に頑張って働いて、あともう少しで夢が実現するという時、それまで貯めてきたお金を全て彼に取られ逃げられてしまう。
そのショックで失語症に成ってしまい、田舎へと帰る。
そこで、実家の物置小屋を改装して小さな食堂を開く。
彼女の作った料理を食べると、みな素直な心になり温かい気持ちになって幸せになる。
と言った話。

私は、この本が好きです。
でも、映画も観てしまい、「食堂かたつむり」って聞くと、映画の中で「あの子は、誰? だぁ〜れ?あの子は倫子♪」という歌が頭の中を駆け巡る(笑)


この話の最後は、結構衝撃的な結末ではありますが、食材を大切に、食べる人への愛情を込めて作る事の大切さ。
食べ物を食べる事の大切さだけではなく、私たちは色んなところからいろんな恵を頂くわけで、その感謝の表し方はこんな形もあるって事を教えてくれる。

「食」という一つの行為は、お腹を満たすだけではなく、思い出としてずっと残る物であったり、家族の絆を作る物であったり、味を継承していく物だったりと、本当に色々な形に変わっていく物。

この「あつあつを召し上がれ」という本では、七つの物語が書かれた短編ですが、色々な食べ物が人それぞれにどんな影響?を与えたのかという事が書かれています。
どのお話も、誰もが「あるよねぇ〜」って思えるお話で、そして色んな意味で、食べる事の大切さを感じてもらえるお話だと思います。

とても薄い本なので、アッという間に読めますので、是非手にとって頂ければと思います。(^_^)☆







もっとゆっくり時よ流れて☆ [読書]

今日から12月。
いよいよ、アドベントカレンダー登場。

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以前、アドベントカレンダーが届いた時、パパから「今年はフィギュアを飾って行ったら」と言われた話はしたと思いますが、あれから色々考えた末、こんな感じのものを用意。
百円ショップで見つけた木の箱をお家のようにしてみました。
木だけでは、ちょっと寂しいかと思い、花柄のシートを貼って見ました。(シートを貼ったのは、パパです)

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そして、12月初日に現れたフィギュアは・・・・

ニョロニョロ。


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今回のテーマは、海?
灯台がメインらしく・・・・でも、メインの灯台が登場するのは、24日のクリスマス・イブの様です。
これから、毎日どんなフィギュアが登場するのか、とても楽しみです。(^_^)☆



さて、今年も一ヶ月を切ってしまいました。
本当に、一年の経つのが早いですね。
昔、一年を長く感じるのは若い証拠。
又、一年を短く感じるのは年取った証拠。
とかって聞きましたが(もしかして、逆だったかしら?違っていたらごめんなさい。)、今は老いも若きも皆んな一年を早く感じているのではないでしょうか?


私は、小学校の6年間がすごく長く感じて、「早く、中学生にならないか」なんて思ったものです。
でも、娘の小学校6年間は、アッという間に感じたのは、親という立場で見ていたからなのか・・・・
いえいえ、本当にアッという間でした。
それは、何故だろうって考えた時、一年の中の行事が盛りだくさんだったからかと・・・・
子供を飽きさせることなく、メリハリのある日々を過ごせる様なスケジュールがされていたんです。
そのために、親はいつも学校へ出向くことが多くて、本当に忙しく月日の経つのが早かった。

そんなことを考えると、私の小学校時代の大きな行事っていったら「遠足」とか「運動会」。
後は、毎年ではないけれど「学芸会」くらいだった様な。
それ以外は、本当に普通の日々ですから、一年が長かったはずです。(⌒-⌒; )


それに、学校以外の行事と行ったら、「お正月」「節分」「ひなまつり」「端午の節句」「七夕」「お月見」「クリスマス」くらいでした。(もっとあったかな?)
今は、「バレンタイ」「ホワイトデー」「ハロウィン」が加わって、一年の中のイベントが盛りだくさん。
盛りだくさんはいいのですが、一つが終わるともう次のイベントの準備というかテレビでCMなどが始まり、一休みする時間がなく何か追われているような日々。



でも、人間て勝手ですね。
「小学校の頃は、イベントがあまりなくてつまらない日々で一年が長かった」なんて言いながら、数年前から沢山のイベントに追われる様な、そんな一年の使い方に・・・・疲れてしまったんです。
と言っても「疲れた」んだなと気づいたのは、最近なんですけど(笑)

自分の中で、「疲れた」という意識はなかったのですが、最近自分の口から出てくることばに「あっ、私今の世の中に疲れてしまったんだなぁ〜」って気づいた。

何でも早く。
何でも高く。

過ぎたるは、及ばざるが如し。


何でもスピードにこだわることで、大切なものが見えなくなってしまっていますよね。
何でも高さにこだわって、大切なものを失っていますよね。

時代がどんどん変わっていくと、私はだんだん昔に戻りたくなる。

と思っているのは、私だけではないのかなと思うこと。
それは、本屋さんへ行くと、こんな本を目にするんです。

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この本は、随分前に買った本です。
上の本は、毎日が「今日は何の日」というのを教えてくれるんですが、それに合わせて著者の思い出が書かれていて、読んでいると自分の育った頃と重ね合わせ懐かしくなったり、ほっこりとした気分になれます。
なので、時々「今日は何の日なのかな?」と思った日に、ページを開いて楽しんでます。

そして、下の本は、日本の行事について説明してくれている本なのですが、挿絵が淡い色で描かれていて、日本の昭和の一番良い時期を思わせてくれて、これまたほっこり出来る。

こういう本が出版されるのは、きっと日本の大切な行事がただのイベントとして行われていることに危機を感じたからなのかと思うんです。


こういう本を読んでいると、少しでも昔に近い生活をしてみようかと考えたりします。
と言っても、なにをすれば良いかわからない。
私に出来ること・・・・

何かをしようと思っても、それはあくまでも昭和の真似事。
でも、それでもいいかなと・・・・

九谷焼のお釜でご飯を炊いたり、野菜を干して甘みを引き出した野菜を料理。
ぬか漬けをせっせと漬けること。
着物を着て、日常生活をすること。
どれも、時間がかかることを楽しみながらゆっくりと時間をかける生活は、きっと心にも体にもいいのではないかと思います。

今、一瞬にして何でも出来ることが多いわりには、何故かイライラしている人が多いは、心にゆとりがないからなんでしょうね。
早い方か良いこと。
ゆっくり時間かけた方が良いこと。
そういう事を見極め、使い分けられる人になれるといいですよね。(^_^)☆





七夜物語☆ [読書]

暑かった夏も、知らぬ間に通り過ぎ、大雨に驚いている間に気がつけば秋。
シルバーウィークも終わり、いよいよ秋本番ですね。

秋といえば、食欲の秋、運動の秋、読書の秋。
皆さんは、どんな秋を過ごされるのでしょう。

私は・・・・
取り敢えず、読書の秋という事にしておきましょうか。

8月から読み始めた本があるんですけど、その本は上中下の三本立てなんですが、気持ちとしてはなるべく夏休み中に読み終えて、夏休みの読書感想文の参考にしてもらえたら・・・・と思っていたんですが、8月の中旬まで暑かったのと、やる事が次から次とあった為に、なかなか読書の時間が持てず、9月も下旬というか終わりになろうという、今になってやっと読み終える事が出来ました。(⌒-⌒; )

でも、不思議ですね。
以前にもお話した事がありますが、私、本を読むのが嫌いでした。
「嫌い」というか、本を読む意味がわからなかったというのが正しいと思います。
今は、活字離れと言って、本を読む人も少なくなって、本屋さんも減ってきている様ですが、何故本を読む人が減ってきてしまったのか・・・・

私なりに考えてみると、ゲームとかアニメ(まんが)といった、見て分かりやすいものに気持ちが入ってしまうんでしょう。
そして、そういうものを子供に与える大人にも問題が・・・・
ゲームとかアニメが悪いとは思いませんが、私的には与える順番があるのではないかと思うんです。

私が「本を読む意味がわからなかった」という原因にはいくつかあると思うのですが、原因の一つとして、幼少期に問題があったんだと思います。
それは、私の母は子供に読み聞かせ的なことはしなかったんです。(記憶にないので)
お母さんから読み聞かせをしてもらった子供は、本が好きです。
それは、私が図書館で子供達に読み聞かせをしていた時に感じました。
読み聞かせをしてくれる場所に来る子供達は、常にお母さんが本を読み聞かせしてくれる子供が多く、本の楽しさを知っています。

また、我が子で言えば、私は娘に本を好きになって欲しかったんです。
それで、娘が生後8ヶ月頃から、毎日娘を膝の上に座らせては絵本を開き、沢山のお話を聞かせていました。
寝る前にも、ベッドに入ってから娘が選んだ本を読んであげてました。
それが良かったのか、娘は活字好きになって、本を沢山読むようになりました。
そんな経験もあるので、お母さんの子供への読み聞かせはとても大切なことだと思うんです。

今は、小さい頃からゲームの世界に入ってしまい、物事を想像したり考えたりということをしなくなってしまったのも、本を読まなくなってしまったことが原因の一つになっているのでは無いかと思うのです。

ところで、夏休みが終わり新学期が始まった頃、ある番組で言ってたのですが、長いお休みの後は学校へ通えなくなってしまう子供が多くなるということを言ってました。
それは、「いじめ」の問題なのかと思っていたんですが、それだけでは無いらしいんですね。

今学校へ行けなくなってしまう原因には、いじめのこともありますが、それだけではなく「自分が人と違うのではないか」と悩む子供が多く、人と違う自分は生きていてはいけないと思ったりもするらしんです。
大人からすると「人と違う=生きていてはいけない」なんて考え方は変だと思いますが、子供はそうなるんだそう。

子供の頃はの世界は、家と学校だけ。
他にあったとしても、塾ぐらい。
世界がそれだけしかないんですよね。
その小さな世界に合わ無い自分は、生きていてはいけない・・・・と結論付けてしまう。

それを聞いた時、「お願いだから、本を沢山読んで」と心から思いました。

子供の頃は、確かに狭い世界しかみえないけれど、もっともっと先を見たら大きな世界があるんですよね。
でも、子供にそんなことを言っても、きっと「大人になんか私の気持ち理解でき無い」と思われてしまう。
それに、子供は自分の気持ちを言葉にすることが難しいんです。
だから、一人で誰にも言えず悩んでしまって、苦しくなってしまうんですよね。

そんな時こそ本を読むことが大切。
本には、自分の知らない世界が沢山あって、それを知ることが出来たり、色んな考え方を持った人の言葉があります。
だから、例え自分の気持ちを言葉に出来なくても、必ず自分に対しての言葉を見つけることができるんです

私も、本を読むようになったのは、そのことに気付いたからです。
それが、本を読む意味だったんですね。



そして、今回みなさんにご紹介する本は、「七夜物語」です。


「七夜物語」

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このお話は、さよという小学校四年生の女の子が、図書館で見つけた不思議な一冊の本、「七夜物語」を手にしたことから、同級生の仄田くんと七つの夜の世界を冒険することになる。
その七つの夜は、現実の世界とつながっていて、夜の世界は現実の世界を壊そうと働きかけ、それをさよと仄田くんは守ろうと必死で夜の世界と戦う。
おとなしく、人と変わっている人間はいけないと思うさよと、自分は間違っていないと思い人とうまく交われない仄田くん。
そんな二人が、夜の世界と戦う中で、自分の本当の気持ちに気付いたり、自分が変わらなくてはいけないことや人の気持ちを思いやる心が芽生えてきたりする。

そして、色んな夜の世界を乗り越えていくうちに、二人はだんだんと逞しくなっていく。


この本、上中下あるので、ここで詳しく説明するのは私の頭では無理なんですけど、ただこの本を読んで欲しいと思ったのは、最初に書きましたが、今自分が人と違っていると生きていちゃいけないなんておもったり、いじめをする人やいじめをされる人それぞれに悩みはあるわけで、でもそれがなんなのかわからずにいる子供が多いようですが、この本を読むことで、きっと勇気が湧いてきて、自分は自分のままでいいということに気付いてくれて、なんで自分はいじめられてしまうのか、なんで自分は人に優しくなれないのか・・・・そんな疑問の答えというかヒントがあるのではないかと思うんです。

ちょっと、三冊で長いお話ですが、この秋ちょっと挑戦して読んで見ていただければと思います。


あっ、この本は子供とかだけでなく、色んな世代が読んでもOKです。(^_^)☆
ん〜、大人も読んだ方がいいと思います。





雪と珊瑚と☆ [読書]

子供の頃の事を考えると、私は「おままごと」をよくやっていたと思うんです。
多分、何か食べ物を作るということに興味があったのか・・・・
なので、「おままごと」では物足りなくなった時、母の目を盗んでは台所で本物のまな板と包丁を使ってトントンしていのを覚えています。

そして、小学校5年生頃に、初めて調理実習があった時、実習で作ったカレーを家で作ったり、その後も実習で作った物は必ず家で作っていました。
それが、とっても楽しかった。

何が楽しいかっていうと・・・・
多分、それぞれの素材を組み合わせると一つの料理が出来上がる不思議さだったのかなぁ〜

調味料も、入れる量や使う調味料によって、全然違うものが出来上がる・・・・本当に不思議なんですよね。

そんなことに気づいた時、母の料理を否定するわけでなかったのですが、私は母の作る料理の味付けを変えてしまったんです。
母は、怒ることもなく、私の味付けを褒めてくれ、それ以降母は私の味付けを真似て作るようになったんです。


料理を作ることに興味があった私。
でも、食べる方になると好き嫌いがかなりあって・・・・
だけど、料理を作ることに興味があったおかげ?で、どんなに嫌いな素材でも作ることはできたんです。


そんな私も、結婚して25年の間に、食べることについて色々考えることもあり、素材そのものの味を楽しむ食べ方になってきました。

今では、食材の香りや味をできるだけ楽しめる様な料理を作れればと思っています。


そんな考え方をする様になってきた頃、一冊の本に出会いました。
それは、梨木果歩さんの書いた「西の魔女が死んだ」という本。
この本については、以前「私のバイブル」の様な本と書いたことがあるくらい、大好きな本なんです。
今までに色々本を読んできましたが、読んでいる本にインデックスを何枚もつけるなんてことをしたことがなかった私が、自分の生活の中で参考にしたいと思って、いつでも見れる様にインデックスをつけまくりました。

この本では、特別な材料ではなく、どこにでもある様な素材をシンプルに食べるけれど、それがとても素敵で読んでいると真似したくなるし、できる様な気になってくるんです。(笑)

そして、食事だけでなく、生活そのものも生きて行くに必要なものだけが揃っている様な感じだけれど、それが返って新鮮で、今の自分の生活には余計なものばかりなんだと思わせるんです。

人間として、決して忘れてはならない大切な事を教えてくれる本。

そんな本を書かれた梨木果歩さんが、またまた食の大切さを教えてくれる様な本を書かれました。
それが・・・・

「珊瑚と雪と」です。

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20歳で結婚した珊瑚は、生まれたばかりのあかちゃん雪を抱え、シングルマザーとして生きていく事になる。
働くために雪を預かってくれる所を探していると、「あかちゃん、預かります。」の貼り紙を見つけ、くららという年配の女性と出会う。
くららに雪を預け、パン屋さんで働いている時に、子供がアトピーで苦しんでいる母親に出会い、食について考え始めた珊瑚。
そんな珊瑚にくららは、色々な食材を使った料理を教えてくれる。
いつしか珊瑚は、夜遅く帰る人達やみんなが安心して口にできる食材で作った惣菜を提供できたらと思う様になり、カフェを開いた。


人間が生きて行くためには、「食べる」という事を抜いては生きていけません。
「食べる」という事は、ただ生きるためだけではなく、人の心を豊かにし幸せにしてくれる。
美味しいものを食べると、人の心は暖かくなり、笑顔にしてくれる。

でも、食べるだけではダメなんです。
お菓子やアイスクリームでお腹を満たしても、心は豊かにならない。
ちゃんとした食事をする事。
難し料理でなくても、それぞれの素材を使って、その素材を活かした味付けされた食事をきちんとする事が、人の心を豊かにし幸せにしてくれる。

今のお母さん方は、お仕事をしている方が多く、手作りの時間がなく買ってきてテーブルに並べてしまう方も多いかもしれません。

でも、手の込んだものでなくても、簡単でいいからお母さんが作ったお料理は、子供達の心を暖かくし幸せにしてくれるはず。


私は思うんです。
今、子供達のいじめが問題になっていますが、何が原因なのか・・・・よくわかりませんが、子供を育てる上で「食」という部分にも真面目に考えなくてはいけないのではないかと思うのです。
食事は、なんでもいいから食べれば良いのではなく、決まった時間に三食きちんと取り、いい加減な食事ではなく、四季折々の素材を使った食事をする。
家族で食材の話を時にはしながら食べる。
なんでもない事ですが、こういう事が子供達の健全な心を育てていく一つになるのでしないかと思います。

と、食についてばかり書いてしまいましたが、この本の中には虐待についても考えさせられる様な内容か織り込まれています。

興味がありましたら、是非読まれてみてください。(^_^)☆